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「我が国の経済安全保障・国家安全保障の未来を左右する新興技術」 (令和2年度外交・安全保障調査研究事業費補助金(調査研究事業))

合成生物学は、実際には自然界に存在しない生物構成要素や生物系を設計し製造する、または、現存する生物系を再設計し製造する学問であるが、合成生物学が、国際的に大きく注目されている。事実、合成生物学により人類・社会が享受できる潜在的な便益は、病気の治療や創薬の発展だけではなく、有用化学物質の生産効率化、農産物の増産等、測りしれないものがある。

合成生物学研究は米国と欧州が先導し、産業化やビジネス化に向けた研究開発が大きく進んでいる。中国においても国家科学技術戦略「中国科学技術イノベーション第13次五カ年計画」において合成生物学を重要技術と位置づけ、当該研究に注力し、大々的に投資している。我が国でも合成生物学のベンチャー企業が生まれつつあるが、日本における合成生物学研究は、国から戦略的な支援を受けておらず、欧米及び中国と比較して大きく遅れている。

一方、AI研究に関連して、ニューロテクノロジーに関する研究が、飛躍的な進歩を遂げている。ニューロテクノロジーは、脳の仕組みを理解するための研究分野である「ニューロサイエンス(神経科学)」の成果を応用した、脳内の意識、思考、高次活動の様々な側面に根本的な影響を与える技術、脳機能の改善や修復を目的とした技術等、幅広い領域の技術を意味するものである。「ニューロサイエンス」に関する研究は、2013年に米国で開始された、脳の働きの全容を解明することを目指す「ブレイン・イニシアチブ(Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies Initiative)」により大きな進歩を遂げ、その成果を利用して、神経学的障害を有する人々の感覚や運動機能の改善等を目的とするニューロテクノロジーの領域に関する研究が盛んに実施されている。

ニューロテクノロジーに関する研究は米国が抜きん出ている。EUも、2013年から、テクノロジーを利用して脳をシミュレーションし、その働きを理解することを目的とする「ヒューマン・ブレイン・プロジェクト(Human Brain Project)」を推進し、その応用としてニューロテクノロジー研究を進めているが、最近、中国がこの分野を重点研究分野として大きな投資を行っている。我が国でも、人間の脳機能についての理解を格段に高め、知的機能をもつ先端技術を開発することを目的として、異分野融合により脳情報科学の研究を進めているが、欧米や中国と比較すると、この分野における日本の研究の規模は決して大きくはない。

新興技術である合成生物学やニューロテクノロジーは、今後人類にとり極めて有益な技術であり、新産業としても鍵を握る分野であるが、残念ながら、我が国は欧米中のように、合成生物学およびニューロテクノロジーに関する研究を戦略的に扱ってこなかったことから、欧米中の後塵を拝している状況にある。

一方、軍事分野でも、合成生物学及びニューロテクノロジー研究が進んでいる。米国では、陸軍が、合成生物学を最優先の研究領域の一つとして、この分野の研究を加速させている。米陸軍研究所(ARL)は、長年、生物学を研究する義務を負っていたが、2019年4月にARLは、合成生物学研究をトップ10の優先研究事項の1つに引き上げたとされている。また、ニューロテクノロジー分野においては、米国国防高等研究計画(DARPA)で、人の脳にチップを埋め込むことなく、脳の働きのみで、コンピュータを介さず、直接、ドローンや最新の戦闘機などを操作することを目的とした先進的な研究も進められている。中国では軍民融合により、新興科学技術の軍事分野への適用に関する研究開発を加速させており、その重点分野に合成生物学とニューロテクノロジーが含まれているが、我が国では、合成生物学およびニューロテクノロジーの軍用研究が意味することについて議論される状況すらない。

このように、民用および軍用の合成生物学やニューロテクノロジー研究が米国や中国を中心として加速するなか、我が国としては、今後、米中外交政策の一環として、両分野の研究開発の発展が、我が国の経済安全保障及び国家安全保障に及ぼす影響について分析し、理解しておくことが必要である。

本報告書は、以上の問題意識を踏まえて、(公財)未来工学研究所が実施する3年間(令和2年度〜4年度)にわたる調査研究事業「我が国の経済安全保障・国家安全保障の未来を左右する新興技術」の初年度の調査研究の成果について、中間報告書の形としてまとめたものである。

本調査研究事業は、以下のメンバーにより実施している。

【主 査】           多田 浩之           未来工学研究所政策調査分析センター主席研究員

【メンバー】       伊藤和歌子           未来工学研究所政策調査分析センター主任研究員
                        山本 智史           未来工学研究所政策調査分析センター研究員

なお、本報告書の執筆に当たっては、下記の有識者のご支援を得た。御礼申し上げる。

・相澤 康則 東京工業大学准教授(本報告書3.1.5項「日本の合成生物学研究の取組みの現状と問題点」の部分)

・茨木 拓也 株式会社NTTデータ経営研究所 ニューロイノベーションユニット アソシエイトパートナー(本報告書3.2.4項「日本のニューロテクノロジー研究の取組みの現状と問題点」の部分)

令和3年5月6日
主査 多田 浩之

令和2年度外交・安全保障調査研究事業費補助金(調査研究事業):「我が国の経済安全保障・国家安全保障の未来を左右する新興技術」中間報告書

2021年05月07日 更新
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