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日欧米中の合成生物学のリスクの考え方とリスクアセスメントの 取組みに関する調査研究 (一般財団法人新技術振興渡辺記念会の「令和元年度科学技術調査研究助成」)

 合成生物学は、最近世界的に最も注目されている研究分野の一つである。マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology:以下MIT)によれば、合成生物学は、「研究者が、新しい生物学的システムを構築し、既存の生物学的システムを再設計するという新興研究分野」とされる 。

 合成生物学に関する研究は、特に米国と欧州が先導しているが、最近、中国が合成生物学を国家戦略の重要科学技術として捉え、当該研究に注力し、大きな投資を行っている。国内でも、合成生物学により人工生命システムを創生し、生命の起源から新世代の生物工学を追求することを目的とした、先進的な研究が実施されている。

 2019年、EUは、Horizon 2020の枠組みで、将来に向けたグローバルな価値創造に大きな影響を及ぼし、社会的ニーズについて重要な解決策となる可能性のある、100の急進的なイノベーション・ブレークスルー(RIB)を示した「100 Radical Innovation Breakthroughs for the future」を公表した。RIBの中には、バイオ・ハイブリッド(バイオ・インフォマティックス、生分解性センサー等)、バイオメドシン(ゲノム編集、遺伝子治療、遺伝子発現制御等)等の合成生物学研究に関連する分野が多数含まれている。

 しかし、合成生物学で活用される専門性や技術は幅広い研究領域にまたがっており、研究が日進月歩で発展していることから、「合成生物学」に関する定義は一元化されているわけではなく、非専門家にとっては、合成生物学に関するR&Dの全体像が把握しにくい状況にある。そういった中で、最近、合成生物学のR&Dや当該技術の利活用に関して大きな懸念が示されている。

 事実、合成生物学により人類・社会が享受できる潜在的な便益は、病気の治療や創薬の発展だけではなく、有用化学物質の生産効率化、農産物の増産等、測りしれないものがある。しかし、その一方で、当該技術の生命体への適用により生じる意図しない結果やそのプロセスで生成されるバイプロダクトのリスクは、殆どの場合未知であり、合成生物学のR&Dおよびその利活用が人類・社会全体に及ぼす潜在的リスクを評価し、リスクマネジメント(リスク管理)を行うための国際的なフレームワームが存在するわけではない。

 そのような状況の中、EUでは、2014~2015年にかけて、バイオセーフティ(意図しない病原体等の暴露から人や環境を防護すること)の観点から、合成生物学等の専門家により、合成生物学の定義、合成生物学に対する健康・環境影響リスクを評価するための従来のリスクアセスメント手法の適用性、合成生物学に関連する環境と生物多様性へのリスクに関する現状の知識やリスクアセスメントの課題等について検討した3つの報告書を公表した。

 一方米国では、2018年11月に、米国科学工学医学アカデミー(National Academies of Science Engineering Medicine:以下NASEM)が、バイオセキュリティ(病原体等を使った、人・環境への意図的な攻撃から防護すること)の観点から、合成生物学の進歩に関連する懸念のレベルを評価し、その懸念を緩和するための選択肢を特定できるようにすることを目的として、合成生物学の進歩に伴う安全保障上の懸念を評価するガイダンスとするためのフレームワークを論じた報告書を公表した。

 中国は、米国と並んで、「合成生物学に関する基礎・応用研究および投資において最先端を走っており、国際的にも、急速に発展するこの分野の主導国として、合成生物学の研究と応用に関連したバイオセーフティとバイオセキュリティを推進する責任を共有していると認識されている」という理解の下に、民用・軍用ともに合成生物学研究を加速させているが、中国として合成生物学におけるリスクをどのように捉えているのか興味深いところである。

 一方、日本に目を向けると、遺伝子組換え生物等を使用する際の規制措置を講じることで、生物多様性への悪影響の未然防止等を図ることを目的としたカルタヘナ法の枠組みで、遺伝子組換え生物等を対象とした規制が行われているが、バイオセーフティおよびバイオセキリティの観点から、合成生物学に関するリスクについて包括的な検討が行われているわけではない。

 以上を踏まえ、本調査研究は、新興技術としての合成生物学の定義と特徴、合成生物学の有用性とリスク、合成生物学を構成するテクノロジー、合成生物学のアプロ―チ、合成生物学研究の全体像等について整理し、EU、米国、中国および日本の各国における合成生物学に関する規制の状況、合成生物学のリスクとリスクアセスメントの考え方や課題について調査・分析することにより、今後の日本における、合成生物学における規制問題および合成生物学の利活用に関するリスクアセスメントとリスクマネジメントの在り方の検討に資することを目的とする。

本調査研究事業は、以下のメンバーにより実施した。

【代表研究者】 多田 浩之 未来工学研究所政策調査分析センター 主席研究員
【メンバー】 山本 智史 未来工学研究所政策調査分析センター 研究員

令和3年5月26日

代表研究者 多田 浩之

「日欧米中の合成生物学のリスクの考え方とリスクアセスメントの取組みに関する調査研究」報告書(抜粋)

新興技術, 合成生物学, バイオテクノロジー, 遺伝子工学, 遺伝子組換え, ゲノム編集, カルタヘナ議定書, リスク, リスクアセスメント, リスクマネジメント, バイオセーフティ, バイオセキリティ, 規制, RRI, ホライゾンスキャニング

2021年05月26日 更新
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