近年、科学・技術の研究開発において「ジェンダード・イノベーション gendered innovations」なる概念が登場している。「ジェンダードgendered」は、名詞の「ジェンダーgender」から派生した造語で、「ジェンダー化」あるいは「ジェンダーによる」と訳すことができる。訳語を当てずに、そのまま用いられるのが一般的である。
ジェンダード・イノベーションとは、これまで科学・技術領域では見落とされ、あるいは捨象されてきた性差やジェンダー、あるいはその両方の観点を研究開発に統合的に組み入れて、科学、技術、ビジネスの研究開発力の向上を目指す考え方である。換言すれば、イノベーションの過程に「性差(sex)とジェンダー(gender)」の観点を導入することによって、経済と社会に新たな価値の創出を促すアプローチである。多様化する社会的ニーズに応え、埋もれた課題を解決し得るようなアイデアや技術革新を商品や製品、サービス、さらにはビジネスモデルにもたらすことが期待されている。「性差」に加えて、女性、性的マイノリティ、障がいのある人など社会的に周縁化されてきたグループに光を充てる「ジェンダー」の観点を取り入れて科学・技術の研究開発にアプローチをすることは、かれらのみならず、より広範な人びとの生活の質を向上させ、ひいては社会経済の発展にも貢献できる。
本調査研究は、「ジェンダード・イノベーション」に着目し、その理論的枠組みと実践的メカニズムを明らかにすることを目的にしている。とりわけ、商品や製品、あるいはサービスの研究・技術開発において、性差とジェンダーの観点(perspectives)が如何なる契機によって新しいアイデアをもたらし、またどのようなプロセスを経て実装されるのか、イノベーションの過程に焦点を当て、先行研究のレビューによる理論的検討とその理論的フレームを検証するための実証的な調査を組み合わせて分析を行った。 本報告書では、前者の理論的検討を第一部、後者の実証研究を第二部としてまとめた。
ジェンダード・イノベーションは、米国スタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授らのグループによる概念的な理論研究を嚆矢に、欧州委員会が医学・医療やエンジニアリング、環境分野における個別事例集を刊行し、イギリス、カナダなど欧米を中心に広がりをみせてきた。日本でも関心が持たれるようになり、政府、医療機関、資金配分機関、大学などで取り組みが始まっている。第三部では、お茶の水女子大学のジェンダード・イノベーション研究所(IGI1)に注目し、日本におけるジェンダード・イノベーション研究の現在地を概観する。
一般財団法人 新技術振興渡辺記念会
令和6 年度科学技術調査研究助成(下期:R6-607)